認知症の母ハム子さんが2月に私たち夫婦と同居を始めて、最初の年末が来ました。大晦日は、夫ちーちゃんの妹家族の家に親戚が集まって、大勢で年越しをするのが恒例です。ハム子さんは知らない人たちの中で、楽しく過ごせるのでしょうか。
年末の集まりに参加——にこやかにおとなしく過ごす
大晦日の夕方、町内の義妹家族の家に行きました。夫ちーちゃんの母方の親戚が集まりますが、気を遣わなくていい気さくな方ばかりです。夫の伯父や従兄弟、その子供たちで総勢20人以上が集まり、賑やかな夜になります。
母ハム子さんを呼び寄せる前から、夫の母や姉・妹にはハム子さんが認知症だということは伝えていたので、理解した上で対応してくれました。認知症と診断される前に、ハム子さんは義母と会っていますが、義母のことを憶えているかは微妙です。
ご馳走が並ぶテーブルに座り、緊張した面持ちのハム子さん。すでに10人以上が集まりワイワイ楽しんでいます。知らない人ばかりなので緊張もするでしょう。話しかけられると笑顔で返答しますが、勧められたものだけを食べ、離れた場所のテレビを眺めていました。
自宅では頻繁(夕方は30分ごと)にトイレに行きますが、声をかけても緊張のせいか
「今は大丈夫」
と全然行きたがりません。食事も満腹だからと早めに箸を置きました。お酒は弱いので、元々飲みません。
私はというと、そのとき趣味にしていた編み物に勤しんでいました。楽しくて没頭できる何かがあれば、朝起きるのも楽しみになるかと思い、秋頃から始めた趣味です。ハム子さんの視界に入る場所に座っていましたが、最低限の声かけだけで、あまり関わらないようにしていました。
大晦日の夜の帰り道——今は4月だと答える

そのときの私は介護職を辞めることが決まっていました。勤務は1月末までで、残っていた有給休暇を消化します。職場の同僚たちが私の現状を理解し、背中を押してくれたのです。スタッフが少なくても業務が回せるように、みんなで業務改善案を出しては試し、取り入れていました。思い出すと今でも頭が下がります。
そのころは朝起きるのも出勤するのも帰宅するのも、全てが嫌でした。介護の職場は楽しくて大好きだったはずなのに、ハム子さんとの同居と組み合わせると、どちらも苦痛になりました。ストレスが溜まり、優しくありたいのにそれができず、自分はこんな人間だったのかと自己嫌悪を繰り返す…。
そんな日々にも終わりは見えてきたものの、思ったより気持ちが楽にならず、一日を終えるだけで精一杯。遠くに見えるゴールに向かって、何とかあそこまではと進んでいる感じでした。編み物も、苦肉の策で始めた気分転換です。
元日から仕事なので、年越しそばの前にハム子さんと帰ることにしていました。「良いお年を」とみんなに挨拶し、義妹の家を出ます。この後はみんなでカウントダウンをして新年の挨拶後にお年玉を配り、歩いて初詣に行くのが恒例ですが、夫ちーちゃんを残して帰宅しました。
ハム子さんを休ませてあげようと気遣ったのではありません。初詣に行ってテンションの上がったハム子さんが、深夜にドタバタと帰ってきたら、目が覚めて眠れなくなると思ったからです。ハム子さんは外階段でも歌を歌ったり話し声を響かせたりしますから。
帰り道でハム子さんと話していると、会話が噛み合いません。今日は何月何日?と訊くと、
「今?わかんない。4月かなぁ」
との答えが。良いお年をと挨拶したのに、今日の集まりは何だと思っていたんだろう…。大晦日だと伝えると
「知らなかった!」
と驚いていました。
義妹の家で過ごす母——時々我に返り質問する
元日の恒例で、夫ちーちゃんの母・伯父・妹家族・姉家族たち10人ほどで近くの温泉施設に行きます。夕方に帰り、義妹が残って用意してくれていたすき焼きを食べる流れです。母ハム子さんの着替えの管理を誰かがしないといけないため、今回は義妹と一緒に留守番することになりました。
退屈しないように、テレビでハム子さんの好きな時代劇を流してくれました。ハム子さんはソファーに座って水戸黄門に見入っていましたが、時々ハッと気が付いたように
「私はいつ家に帰れるんでしょうか?」
と義妹に訊きに行ったそうです。説明に納得するとソファーに戻りますが、忘れてまた質問を繰り返します。外に出ようという行動はありませんでした。
夫ちーちゃんが温泉から戻るとハム子さんは落ち着いて過ごしていました。夫を見ても、やっと帰れると安心した表情を浮かべるでもなく、テレビを観ていたそうです。義妹の対応で安心していたのでしょうか。反応が読めません…。
すき焼きを食べるときにハム子さんはコートを膝掛け代わりにしていましたが、お皿をひっくり返し、コートが卵で汚れてしまいました。他には特に何事もなく、穏やかに食事をして過ごせました。私はコートが汚れたことで内心腹立たしく、穏やかどころではありませんでしたが。
次回は転職してストレスが減った話
介護の仕事を辞めたことで、私は少しずつ気持ちの余裕を取り戻していきました。次回はその話をお伝えします。
読んでくださり、ありがとうございました!次回もお付き合いいただけるとうれしいです。
